文学

中央アジア民族(キルギス人、カザフ人、トルクメン人、ウズベク人)の中でも、タジク人はインドやパキスタン、アフガニスタンやイラン、アラブ諸国など大陸東部の国々と歴史的なつながりを持っています。タジキスタンは世界的に著名で傑出した科学者、哲学者、作家、詩人、建築家を輩出しており、文明の精神的宝庫に多大な貢献をしています。その作品や実績は科学または文化遺産となり、世界文明の発展に寄与しているのです。その証拠として、ペルシャ・タジク文学の父ルーダキーの叙情詩、詩人フェルドウスィーの大作でペルシャ人とタジク人の歴史を融合した民族叙事詩『シャー・ナーメ』、アブー・アリー・イブン・スィーナー(アウィケンナ)の著作で何世紀も欧州の医療機関に参照された『医学典範』が挙げられます。科学者アル・フワーリズミー、アル・ファーラビー、ビールーニーに加えて、偉大な詩人ウマル・ハイヤーム、ジャラール・ウッディーン・ルーミー、サアディー、ハーフェズ、ジャーミーなどの他、芸術の巨匠ボルバード、マニ、ベクゾドが中央アジアの国境をはるかに越えて知られています。

タジクの文化や科学、文学は、サーマーン朝支配下で最盛期を迎えました。サーマーン朝はあらゆる分野でバグダッドやダマスカスの影響を排除し、ファルシ(ペルシャ語)で作品を創作する詩人が増えました。科学や文化の発展に好ましい条件が宮殿にそろったのです。有能な人材が宮殿に住み込み、そこで働くようになりました。そして偉大な科学者や詩人、官僚が活躍したのです。古典ペルシャ・タジク文学の父、アブー・アブドゥラー・ルーダキーもその一人です。若きジャアファル・ビン・ムハンマドは勉学熱心で、夜には歌ったそうです。詩の主題の楽しさと雄弁さはアミールと呼ばれる首長の心も捉えました。後にルーダキーは宮殿に住む傍ら、素晴らしく多彩な頌賦カシーダや、簡単なガザル、4行連句ルバーイーなどを創作しました。

著名な科学者で哲学者、アブー・アリー・イブン・スィーナー(アウィケンナ、980年~1037年)は蒙昧主義と葛藤し、科学と探求心を賛美しました。その理想は、詩人で思想家のナースィル・ホスロー(1004年~1088年)の作品に受け継がれています。ホスローの詩集『幸福の書』や『光明の書』では人間の労働が賛美され、人間の長所や科学の重要性が提唱されました。13世紀には、シーラーズのサアディーが有名な代表作『果樹園(ブースターン)』や『薔薇園(グリスターン)』を創作しました。それから2世紀後、ジャーミー(1414年~1492年)は詩集『七つの王座』や逸話集『春の園』で人間中心主義を擁護しました。天賦の才に恵まれたアブー・ライハーン・ビールニー、アル・フワーリズミー、イマム・ティルミーズィー、アル・ファーラビー、ウマル・ハイヤーム、アフマド・ダーニシュなど、多数のタジク人が世界有数の科学者、数学者、作家の仲間入りをしています。

1999年タジキスタンでは、サーマーン朝建国1,100周年を盛大に祝いました。現代タジキスタン文化を象徴するのは、イスマーイール・サーマーン広場、国民広場または大統領宮殿、国立図書館、国立オペラ・バレエ劇場、科学アカデミー、国立大学、国立歴史美術館、国立文化公園(作家サドリディン・アイニー、詩人ルーダキー、詩人フェルドウスィーの名を冠した)、自然公園、ノウルーズ宮殿、ラハト・ティーハウス等です。

美しいギッサール谷にたたずむドゥシャンベ市は、ソビエト時代の歴史的建造物と現代建築の双方に囲まれています。有名なメルゴン市場やタジキスタン貿易センター、芸術ギャラリーを訪ねて、旅をあらゆる角度から満喫しましょう。「ロハト」ティーハウスでお茶を飲み、緑ゆたかな大通りを歩き、サドバーグで休憩してモスクワ広場の800年に想いを馳せるのもいいでしょう。

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作家組合の家

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